レオポルド一世

苦難の王 Leopold Ⅰ

フランス

2016.9.15


はいどーも♪コインマニアバッティです♪

さて、ご好評いただいている偉人シリーズ。
今回はその中でも、かなりマニアっぽいセレクトかもしれません。

★平和を願うコイン

僕がアンティークコインの勉強を始めてすぐの時期、
個人的にすごく気に入ったデザインがありました。

それが、このコインです。

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1700 GFN GERMANYラムダカットシリーズ

1700 ラムダカット

ゼウス神話の伝説『地球上に立つ羊』のモチーフ。
三角旗にPAX(ラテン語で平和の意)の文字が特徴的なコインです。
*ちなみにPAXの文字は古代ローマ時代のコインで多く使われていたようです。
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神聖ローマ帝国のダカット金貨で多く思い浮かぶのは、時の権力者たちの肖像です。

そんな中で、神聖な存在とはいえ、羊のモチーフをあえて選択し、
堂々と純粋に平和を願うPAXの文字が刻まれた金貨が存在するということに、僕は新鮮な気持ちを抱きました。で、興味を持ちました。

この金貨が発行された、時の帝は一体誰なんだろう?

そうして、調べた結果、僕の中での存在感が急上昇した人物、
それが皇帝レオポルド1世(1640~1705)です。


★レオポルド1世

さて、ウィーンで生まれ育ったレオポルド1世。

コインコレクターたちの間では、ハプスブルク家の中でも
随一のアゴの長さを持つ男と噂されるレオポルド1世(笑) 

どんなお顔かというと、こんな感じのお方です。

レオポルド一世

*あ、そういえば、先日のコータさんのヘアー特集にも登場しましたね(笑)

そんなレオポルド一世のことを調べてみると、何というか…
率直に言ってしまうと、ちょっと地味な気がしてしまいます。

例えば、これまで、僕が語ってきたマキシミリアンアレクサンダーヴィクトリア
この3人は語りつくせないほどのエピソードに彩られ、誰もが知る大スターと言えましょう。
それに比べると、レオポルド1世から「強烈なカリスマ性」というのは、
なかなか感じられない方が多いんじゃないかなと思います。

でもね、僕はここで、あえて言わせていただきます。

レオポルド1世、舐めたらあかんのです。

なんだかんだ言いつつも、三十年戦争で衰退した領土を受け継ぎ、
そこから苦労を重ねてハプスブルク家の再興の礎を築いたというのは、伊達ではできません。

しかも、全盛期のフランスとオスマン帝国に攻め入られながらも、逆にはねのけ、
領土の拡大に成功したのですから、もの凄い人物だと思いませんか?

そして何より、あまり派手ではないかもしれませんが、
多くの苦難に対して粘り強く立ち向かい、苦労しながらも何とか前に進んでいく…

そんな姿に僕は非常に共感を覚えています。

レオポルド1世の強さの秘密を、一つだけ挙げるとすれば、
僕は「人を見る目と、任せる度胸」ではないかと思っています。

例えば、レオポルドは積極的な外征によって領土を拡大しましたが、
本人が遠征することはほとんど無く、実際には多くの名将たちに支えられていたようです。

レオポルドは彼らの才能を見抜き厚遇し、多くの部下から愛されました。

余談ですが、僕はこのエピソードを読んだときに、
アメリカの鉄鋼王、アンドリューカーネギーの墓碑に刻まれた言葉を思い出しました。

「自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る。」

これは、リーダーにとって、人の集め方・使い方がいかに重要かというのを示す言葉でもあります。
現代に生きる我々も、大事にしなければいけない考え方ですよね。

そして、レオポルド1世の人生を、ひと言で表すなら、
僕は「苦難」の人生だったと表現します。

もともと、彼は皇帝になろうと思っていたわけではありません。
実は聖職者になるために教育を受けていたところ、兄がなくなったために、
思いがけず後継者となってしまったのです。

そんなわけですから、もともとの彼の気性は、
<超>が5回ほど付く『文系』だったわけです。

特に、音楽についての造詣が深く、自ら作曲までしていたというのですから、
ゴリゴリの戦乱の時代の皇帝としては、やはり異色だったのではないでしょうか。

個人的な妄想ですが、文系のレオポルド1世、
本当は皇帝になるの嫌だったんじゃないかなぁと想像しています。
でも、そこは時代が許してくれませんでした。

そして、真面目なレオポルド1世、ふてくされることなく、国のことを想い、
粛々とやるべきことをこなしていきました。

このあたりは、本当に頭が下がるばかりです。

そして、レオポルドの一生を語る上で、(僕も書くのが辛いのですが…)
どうしてもこの話題は欠かせません。

レオポルドは3回結婚しているのですが、その理由が分かりますか?

実は、妻子がことごとく亡くなっていくという立て続けの不幸に、
彼は見舞われていたのです。

最初に結婚した年下のマルゲリータ王女とは、非常に仲睦まじく、4人の子が生まれました。
ところが、内3人がすぐに亡くなってしまいます。
そして、マルゲリータ自身も22歳という短い生涯を終えてしまいます。

その後の再婚相手は、結婚してから3年後に亡くなりました。
2人の子供に恵まれましたが、この2人もすぐに亡くなってしまいます。

そして、3度目の妻との間には、なんと10人の子供をもうけました。
しかし、その中でも数名はやはりすぐに亡くなってしまっております。

想像するだけで、辛いですよね…。

ハプスブルク家が一大帝国を築くに至った原動力、それは婚姻政策です。
しかし、その中で近親結婚を繰り返してきたことが、
このような不幸につながってしまったのかもしれません。

そんな壮絶なストレスを抱えながらも、レオポルド一世は政務をこなし続けました。
そんな彼に対して、僕はなんと言葉をかけてよいのか分かりません。

そして、レオポルド1世は、生涯に渡って苦難の人生を歩み続けます。

彼は、1705年に亡くなるまで、戦争に巻き込まれていました。
彼が最後に関わっていた戦争、それがスペイン継承戦争です。

簡単に説明しておきますと、スペイン王カルロス2世の死後に、
スペインをフランスのルイ14世サイドに引き継ぐのか、
それともレオポルド1世サイドに引き継ぐのか…とにかくすごく揉めちゃったという戦争ですね。

そして、そのスペイン王カルロス2世が実際に無くなったのが1700年。
そう、冒頭のラムダカットが発行された年です。
そのまま時代は、またも長い戦争へと流れていくのです。

戦争の最中、レオポルドは息を引き取りました。

いかがでしたでしょうか?

音楽をこよなく愛したレオポルド1世。
あらゆる苦難に直面しながらも、人知れず歯を食いしばり、
粘り強く政務をこなし続けたレオポルド1世。

彼が心から強く求めたものは何だったのか。

その答えは羊が掲げるPAXの文字にこめられている…
と考えるのは、僕の妄想が過ぎますでしょうか?

それでは、今回はこの辺で。

僕の書いた記事が、少しでも、あなたのコインの旅路に役立ってくれたら嬉しいです♪
コインの様にマブ友達リク中、バッティでした♪


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